赤ちゃんを見直し、額に手を当ててなでようとした。すると、乳児の額は異常に熱かった。時々、乳児は泣きながら小さく咳をした。雄治は風邪だ、と判断した。

 そして気付いた時は、乳児を抱いて走り始めていた。土手を駆け上がり、道路を一生懸命に走った。風が妨害するが、風を切るように全速力で走った。

 息が切れてきた。病院はあの丘の上にある。もう少しだ、雄治はそう自分に言い聞かせる。

 その時、雄治は気付いた。いつの間にか、風が後押ししてくれていたことを。


 病院に駆け込み、すぐに受付を済ませ、待合室にある長イスに座った。

 雄治は乳児の顔色を覗き込む。すると、乳児は、先程より弱っているように見えた。

 しばらくすると額から一滴の汗が流れた。そのとき、体が一瞬にして凍るような思いがした。その汗をハンカチで拭おうとした時、乳児の顔が見えた。今は泣いてはいないが、ひどく汗をかいていて顔が真っ赤だ。雄治は持っていたハンカチで急いで拭いた。そして時計を見ると、さっきから一分しか経っていなかった。

 まだか、まだかと待ち焦がれているうちに、名前が呼び上げられた。そして診察室に入ろうとすると、看護婦は診察室の前の長イスを指差した。再び待ち、すぐに名前が呼ばれた。

 中から看護婦がドアを開けてくれたので、軽い会釈をして入った。看護婦はそのまま部屋から出て行った。

「どうしたんですか、古葉さん、カゼにでもやられましたか。今年のカゼは強いみたいですからね」

 聞きなれた声だ。それもそのはず、その医師は朝の医師だったのだ。

 医師は笑いながら続ける。

「で、どうしましたか…えっ」

 医師がこちらに振り向いたとき、突然沈黙が訪れた。医師はあんぐりとしたまま、雄治の方を見ていた。