【いつかまた】
それからしばらく、二人は、抱き合っていた。
どんなに、この瞬間を待っていただろう。
どんなに、あの日を悔いただろう。
どんなに、謝りたかっただろう。
あの日、起こったこと、今までの思い、全てがこの瞬間、報われるような気がした。
「結依……本当にまた会えるなんて……夢みたいだ」
蝦名は涙を浮かべ、微笑みながら言った。
「ふふ。本当だね。私、ずっとずっと、この日を夢見てたの。
もう一度あなたに、会いたい。あなたに、会って謝りたいって、ずっとずっと願ってた。でも、何でかな。時間が経つにつれ、自分が何でここに居るのか、何で死んでしまったのか、忘れていって、思い出せなくなったの」
「そうだったのか……」
蝦名が、少し驚いたように言った。
「うん。でも、伊織ちゃんのおかげで、思い出せたの。
伊織ちゃんと出会って、仲良くなって、他の幽霊の人とも交流が出来てね、みんな優しくて、ずっと1人で、公園にいた私の心を溶かしていってくれたの」

そう言うと、結依は、少し離れた場所にいる、伊織の方に目を向け、微笑んだ。
伊織も、それに気づいて微笑みながら頷いた。
「私、頑固だから、喧嘩しても、今まで謝ったことなかったでしょ?
だけど、本当はいつも謝りたかった。剛は優しいから、最後は折れて、謝ってくれたよね。
本当に、迷惑かけてばっかだったけど、それでも私と一緒にいてくれたあなたが、大好きだったよ。そして、あの日酷いこと言ってごめんなさい」
「こちらこそ、ごめん……」
蝦名は、肩を震わせながら、か細い声で言った。
「頑固でも、迷惑かけられても、明るくて、いつも前を向いて生きているお前が、好きだった。お前が彼女だってことが、俺の自慢だった……」
そう言うと、蝦名の目から、堪えていた涙がボロボロと溢れ出した。何十年も前に、死んでしまった彼女と再び会えた喜び、甦る一緒に過ごしたかけがえのない日々、そして、お互いに、あの時と変わらない想いで通じ合えた。
堪らなく嬉しいのに、嬉しいはずなのに、今この場所にいる彼女が亡くなっていて、自分だけが生きているという事実が、 胸を締め付けて涙が止まらなかった。
もっと一緒に居たかった。もっと色々な場所に行きたかった。この願いは決して、叶うことはない。でも、願わずには……願わずにはいられなかった。
嗚咽する蝦名を結依は、優しく抱き、頭を何度も何度も撫でていた。 しばらく、二人だけの時間が流れていき、夜が白み初めていた。
蝦名に会って謝る。願いが叶った結依の体は、成仏に向け、体が少しずつ透明に近づいてきていた。
恐らく、夜明けと共に結依は旅立つだろう。
「伊織ちゃん、私を助けてくれて本当にありがとう。あなたと出合えて本当に良かった」
結依は、唐突に言った。
「何度も言ってきたけど、最後にまた言わせてください。あなたのおかげで、私は救われました。剛、伊織ちゃん、お父さん、お母さん、幽霊のおじちゃん達がいる、この世を離れるのは辛いけど、私は天国であなた達を見守りたい。あなた達の幸せを守りたい。そして、いつか生まれ変わったなら、あなた達とまた、会いたい!だから、私は成仏します」
「ああ。分かった。俺も結依に会えて本当に良かった。結依に会えたから、幽霊とわかり会えることを知った。こちらこそ、ありがとう」
伊織は、そう言うと手を差し出した。
「お別れの握手だ。天国でなんか困ったら、いつでも相談に来いよ
「分かった。天国の話、沢山聞かせてあげる」
結依はそう言うと、またにっこりと笑って、手を差し出して、ガッチリと握手をした。
辺りは、より明るくなり始め、もう朝は目の前まで来ていた。
「剛、こんな私と一緒にいてくれて本当にありがとう。本当に楽しかった。私は、いつも見守ってるから、前を向いて生きて。あなたには、まだまだ楽しいことが沢山待ってるわ」
蝦名は、再び流れ出した、涙を拭って、拭って、真っ直ぐ結依を見つめ、言った。
「お前が、見守ってくれるなら、俺は、生きていける」
結依は、それを聞いて安心したのか、一粒涙を流し、微笑んだ。
次の瞬間、結依はスーっと空に浮かび、一言を残し消えていった。
「またいつか……」