……今ならこのまま逃げられるかもしれない。
そんな安易な考えがふと頭の中を過ったけれど、それを実際に実行することはできない。というより無謀だ。
きっと何処へ逃げたって宗一郎さんは追いかけてくる。
それ以上に自分の家族の身が危ないし、逆上した宗一郎さんの一言でいつ家族が路頭に迷わされてしまうか分からない。
それが現実で、今の私のどうしようもない立場だということ。
すいすいと気持ち良さそうに泳ぐ鯉を見つめながら、私は冴えない顔を浮かべるばかり。
ま、いいや。とりあえず部屋に戻ろう。
宗一郎さんもそのうち帰ってくるだろう。
邪な考えを振り切り、そんなふうにあきらめた時だった。
2メートルほど離れた庭園の岩の奥からふと、微妙に動く人影に気づき私はゆっくりと立ち上がった。
「……ん?」
よく見ると、その影はぱっと見宗一郎さんに似ていた。それを見て「あっ…」と近付き声をかけようとした私は…
その行為を思わず躊躇ってしまった。



