でも、「逃げるように」と言った母の言葉に私はやっぱり宗一郎とはすんなり別れられなかったことを把握する。
「彼は絶対に別れたくないと言ったわ。どんなに自分の気持ちを伝えて説得しても彼は納得してくれなくて……」
「……それでやむを得ず上京を?」
「ええ、最後彼宛に一通手紙だけ残して彼の前から姿を消したの」
「……手紙を?」
「あえて新しい住居は教えずただ、ごめんなさいと彼の今後の幸せを願って……」
「そ、か……」
母らしいと思った。それが母なりのせめてもの宗一郎さんへの償いだったのだと思うと、なんだか重苦しくもしっくりとする。
その時の宗一郎さんのショックは計り知れないものかもだったのかもしれないけれど、あの時の母はきっとそうするしか出来なかったのだ。



