……トン。
そして気づけば私の背中は何処かの壁に追いやられていた。もう、後ろには下がれない。
それと同時に頬に生暖かい雫がつーとこぼれ落ちていくのに気づき、私は慌ててコウさんから逃れるように俯いた。
「梨央、顔を上げろ」
「………」
私は顔を横に振った。
こんな顔を見せたくない。
見せられるわけがない。
「その涙は俺と同じ気持ちだと受け取っていいわけ?」
コウさんの低く、落ち着いた声が直接脳に届く。
そして彼の右手がそっと私の頬に触れた。
その感触に鼻の奥がつーんと痛みだし、私の切なさはついにピークに達した。
「お前をこのままほっとけない」
「…っ……」
「だからこっちを見ろ」
コウさんがそのまま顎に手を滑らすと、私の顔をゆっくり上げる。
もう片方の手も私の頬に近づけると、こぼれ落ちる涙を親指で少し強めに拭った。
「つーか、お前はこれでいいわけ?このまま、あの浮気旦那の元で一生暗い顔して暮らすのか」
その言葉に目を開く。
まさかコウさんからその言葉を聞く日がくるなんて思わなかった。
今まで彼の口からそんな事、宗一郎さんのことを聞かれた事なんて一度だってなかったから。



