家に帰ってシャワーを浴びて出てくると、携帯にメールの着信があった。雅巳さんからだ。

『今日は本当にごめんね、21日の6時から空いてますか?もしよければお店に来てください。』

来月の21日は金曜日。
今のところ予定は入っていない。
大丈夫ですと返事を返した。



そして21日が来た。

あんな事があったので、ひまわり堂へ行くことがやけに緊張してしまう。
どきどきする胸を押さえ、入口で深呼吸をする。

「こんにちは…」

お店には珍しく先客がいなかった。
雅巳さんがいつもの笑顔で迎えてくれることにほっとしながら中へと入る。

「今日は特別メニュー。」

「えっ?」

肩を押されながらベッドへと促される。

「この間のお詫び。」

「でもあれは雅巳さんが悪い訳じゃ…」

半ば強引に横にされ、間近に雅巳さんの顔が迫る。

「僕がしたいんだ。」


反則…そんな近くで笑顔を見せられたら断れない。

ああ…私、やっぱりこの人が好きなんだ…。

いつもより更に丁寧に体をほぐされ、ドキドキしながらも雅巳さんの手の温もりがたまらなく気持ち良かった。

マッサージの時間もいつもより長かったにもかかわらず、あっという間に時間が過ぎてしまった。

「今日この後の予定は?」

いつもの様にお茶を飲んでいると、雅巳さんが尋ねてきた。

「特にないです。」

「じゃあ、ちょっと付き合ってくれないかな?」

車の鍵を見せて微笑む雅巳さん。
意外なお誘いに思わず顔がゆるんでしまう。

「はい。」

「じゃあ、ちょっと支度するから待っててね。」

そう言って奥に行った雅巳さんは、白衣を脱いで戻って来た。
黒のシャツに薄いベージュのズボン、手には黒のジャケットを持っている。
さらっと着ているだけなのになんだかカッコ良く見えてしまうのは何故だろう…。


お店の電気を消して2人で店を出る。

鍵を閉めてClosedの札を掛ける雅巳さんを不思議に思いつつも車まで並んで歩いた。

「御飯食べた?」

「まだです。」

「じゃあ先に御飯行こう。どこが良い?」

「うーん、どうしようかなぁ…」

手が触れそうな距離にドキドキする。
さっきまでマッサージで触られていたのに…。

車に着くと、助手席のドアを開けてくれた。
手慣れている感じが嬉しいような、切ないような。

御飯は私がパスタという希望を出して、雅美さんのお勧めの店に連れて行ってもらった。

そこはカジュアルだけどお洒落で、落ち着いた雰囲気のお店だった。
私はカルボナーラ、雅美さんはペペロンチーノを頼んで、待っている間も他愛ない会話をする。
パスタを食べた後は雅巳さんお勧めのチーズケーキもいただく。
程よい酸味と甘さが口のなかで溶けていく。

「美味しいっ!」

「でしょ?」

向かいの雅巳さんと見つめあって、笑いあう。
なんだか恋人同士みたい、なんて密かにドキドキしながら。
食べ終わって会計をしようとすると、雅巳さんに止められる。

「言ったでしょ、今日は特別メニューって。」

「え?だってそれはマッサージの話ですよね?」

「いいから。」

レジでもめる訳にもいかないので一旦引き下がる。
お店を出たあと、自分の分を渡そうとすると、雅巳さんが口を開く。

「問題です。明日はなんの日でしょう?」

「明日?11月22日は、…えっ?私の…誕生日…?」

「なんでそこで疑問形になるの。」

プッと吹き出す雅巳さん。

「だって、答えがそれで合っているか自信なくて…。」

「いいんだよ、それで正解。」

そっと財布を持った手を押される。

「これは俺からの誕生日祝いってことで。1日早いけどね。」

「あ…ありがとうございます。」

私の誕生日なんてどこで?と考えて、思い当たったのは、ひまわり堂で最初に書いた問診票。


「職権乱用?」

私の考えを読んだかの様に、雅巳さんがニヤッと笑う。
今日はなんだか、いつもと違う雅巳さんの表情を見られている気がする。
そしてそんな雅巳さんにドキドキさせられっぱなしの自分がいる。
車に乗ると、更に20分程走って高台らしき所へ連れて行かれる。

「少し外に出るけど、大丈夫?」

大分気温が下がってはいるが、上着を着れば問題ない。

「はい。大丈夫です。」



そして車の外に出ると手を差し出された。

「暗くて転ぶといけないから。」

「もうっ、私そんなにドジじゃないですよ。」

照れ隠しに口答えしながらもそっと雅巳さんの手を握る。

温かくて優しい手。
きっと私の顔は今真っ赤になっているだろうけど、暗いお陰で雅巳さんには気付かれなくて済みそうだ。

手を繋いで歩いていくと、段々と下の景色が見えだした。

「うわぁ~っ!すごい!!きれ~!!」

次第に広がっていく夜景につい興奮してしまう。
高台の柵の所まで来ると、眼下に夜景がキラキラと光っている様に見える。

「気に入ってくれた?」

「はい…もう、何て言っていいか…」


夜景に魅入っていると、雅巳さんが後ろから抱きしめてきた。

「雅巳さん…?」

「寒くない?」

「はい…。」

雅巳さんの吐息が耳にかかり、かぁっと顔が熱くなる。


「ここ、結構穴場なんだ。話をするなら、やっぱりここかなって思って。」

「この間の続きですか?」

ドキドキと胸が高鳴る。

「由香ちゃん。」

「はい…。」

「俺が好きなのは由香ちゃんだよ。」

「………。」

「俺にとっては由香ちゃんとの出逢いこそが、運命の出逢いだった。
始めて見た由香ちゃんの顔が天使に見えた。
凄く大事で、どうやって距離を縮めたら良いかわからなくて、でもうちに通って俺がアドバイスしたことちゃんと気を付けててくれたでしょ?
前の由香ちゃんも可愛かったけど、背筋をピンって伸ばして凜とした姿も凄く魅力的だった。
そうやってどんどん綺麗になっていく由香ちゃんが堪らなく愛おしかった。」

胸の奥がジンっと熱くなる。

「雅巳さん…。嬉しいです。私も、雅巳さんが好きです。」

雅巳さんの方に向き直ると、再びぎゅっと抱きしめられた。
そしてゆっくりと唇を重ねられた。
そっと触れるだけの、優しいキス。
幸せで胸がいっぱいになる。

「泣かないで。」

いつの間にか私の目から涙が溢れていたようだ。
雅巳さんが困ったように笑いながら親指で涙を拭ってくれる。

「ごめんなさい、泣くつもりなんてなかったのに。」

再び優しく抱きしめられる。

私が落ち着くまで、雅巳さんはずっと背中を撫でてくれていた。