チク、タク、チク、タク。





闇に包まれた部屋。

音を発するのは時計の針ばかりで、
静寂に満ちている。

その部屋のど真ん中のベッドで
身動きもせず、私は目をつぶっていた。





チク、タク、チク、タク。





聞こえない。

隣の家からこだまする音も、
町を流れる車の音も。

すべての音を、時計がかき消していく。

私はゆっくりと目を開ける。

真っ暗な世界。

おぼろに目に映る、
生活感のあまりない家具のかたち。





チク、タク、チク、タク。





空虚。クウキョ。


時計は、私の気持ちを代弁する。

冷たくて、事務的な音に身を任せて。

あと何度、時を刻む針の音色を聞けば、
あの人のことを忘れられるだろう。





チク、タク、チク、タク。





結ばれることのなかった、
あの人のことを。





チク、タク、チク、タク。





時は無情に、あの人を、
あのことを、過去の遺物にしていく。

もはや何秒前のことだったか、すら。


逢い引き。逢瀬。

駆け落ち。ランデヴー。


いくつの言葉で、
あの出来事を表せるだろう。

バッドエンドを迎えた、あの出来事を。





チク、タク、チク、タク。





もう、二度と逢うことはできない、
あの人。





チク、タク、チク、タク。





忘れたい。

それでも、忘れられなくて。

──あの人のことを、忘れたくなくて。

あの日から、何秒、経ったのかな。





チク、タク、チク、タク。





もうずっとずっと、
時の音だけに耳を傾けている。


無心。心なんて、ない。


無いからこそ
涙が出ないのかもしれない。

なら、いったい、
この頬を伝う生暖かい液体は、なに?

涙なんて、私はいらない。

明るい未来もいらない。

夢なんて、いらない。





チク、タク、チク、タク。





時が止まったなら。

音が消えたなら。

針が巻き戻ったなら。

あの、一番幸せだった頃へ、
遡れるのなら。





チク、タク、チク、タク。





時は進む。





チク、タク、チク、タク。





…決めた。

あと百万回、この音を聞いたら、
あの人のことを忘れよう。

だから、それまで──。





チク、タク、チク、タク…。





            —完結—

友達に『お題:時計』と言われ、
ノートに描いた物語です。

中一なんだから、
もっと夢溢れたものを書けってね!
でも、こういうテイストの物語、
好きなんです。

趣味度は…85%…?←