「あれ、園子。今日何か可愛い」


翌日。
朝から張り切って三つ編みアレンジをしてきてしまった。


「えへへ、ありがとう」

「何々ー? 好きな子でも出来た? 同じクラス?」


ニヤニヤしながら私に尋ねる彼女、直美ちゃん。
高校に入って一番に出来た大切な友達。

私とは対称に、背が高くてスタイルが良くてサバサバしている。
お姉さんのような存在であり憧れの子だ。


「同じクラスじゃないよ!昨日ね、部活の先輩が...」


恥ずかしいので耳元でこそこそと説明すると、「へー! かっこいいじゃん!」と興味有り気に返事をしてくれた。


「まー、うちのクラスの男共は下品な奴が多いからなー。いいなー、あたしもそんな先輩欲しいわ」

「今日も部活あるから会えるんだよ! もう本当この高校入って良かった! 直美ちゃんとも会えたし!」

「もうっ! ホント園子は可愛いんだから! 何かあったらあたしに言いなよー」


素敵な友達がいて、素敵な先輩がいて...。
今まさに絶好調だ。

勿論、経験上で先輩と結ばれたいとかそういうのが無理なのは分かってる。
でも自分なりに精一杯頑張りたいし、もっと先輩のことが知りたい。
出来る限り可愛い女の子になりたいって思える。

嗚呼、早く部活したいなー。






本校の軽音部は、総勢六十人の大きな部活だ。

別校舎にある二階建てのセミナーハウスに集まって活動する。
まず新入生の私達はバンドとして活動せず、自主練習から始める。
そこで、ボーカル、ドラム、ベース、そしてギターの担当ごとに別室で先輩に教えてもらいながら練習するのだ。

ギターの部屋は二階にある広い座敷部屋。


「こんにちーーうぎょっ」


その部屋に入ろうとした私と、その部屋から出ようとした人とでぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい」


見上げると、真っ先に浮かんできた言葉がーー。


「大っきい...」「小っさ」


言葉が被った!
その人は、百九十センチ程ある黒髪マッシュヘヤの男の先輩だった。
百四十八センチの私とは、天と地の差。
鋭い目つきがこちらを見下ろす。

怖い。


「ご、ごめんなさい」


もう一度謝ったが、その人は無反応のまま去って行った。
嗚呼、完全に嫌われた。

いきなりブルーになりながら、部屋に入ると、既に一年生やギター担当の先輩がいた。
その中に、大斗先輩の姿は無い。
更に少し暗くなりながら、部屋の隅にちょこんと座る。

周りを見れば、私のように既にギターを持っている子が殆どで、先輩の助けなど要らんというばかりの様子の子もいた。

上手い...。
実力の差に圧倒されそうだ。

すると、一人の男性が私の顔を覗き込んだ。


「うっす、園子ちゃんだよね?」

「あ、はい! こんにちは」


大斗先輩だ。
暗かった気持ちが一気に明るくなる。


「 いやあ。やっぱいつ見ても、そのギターかっこーーん⁉︎」

「へ?」


すると先輩は、私の前髪をかきあげ、不審そうな顔をした。
やばい。とても恥ずかしい...!


「おでこ、怪我してる! 何処かでぶつけた?」


どうやらさっきぶつかったときに怪我したらしい。
手で軽く触ると血が出ていた。


「ほんとだ。でも大丈夫です! こういうことよくあるんで...」

「いやでも...」


予想以上に怪我は酷いらしい。
そういえば、あの怖い先輩のギターにぶつかったような...。
そう考えると、ギターを傷つけた罰として永遠に恨まれる気がしてきた。

さーっと血の気が引いた瞬間、部屋に「あの先輩」が入ってきた。
ぎょっ、やっぱこっちを見てる。
そしてぱちっと目が会うと、こちらに向かってきた。
完全に殺られる‼︎
嗚呼、私の馬鹿...。


「あっ、要! ちょっとこの子、怪我してんだけどさ...」

「知ってる」


そして要と呼ばれた彼は、私の額に絆創膏を貼った。
...絆創膏を貼った⁉︎


「さっき俺とぶつかって怪我させた」


ぎょーー‼︎‼︎
やっぱりそうだったのか...。
やばい、これは恨まれる。


「あ、いや違うんです! これは部活来る前にぶつけて、放っておいたんです!」

「え、でもその怪我さっき気づいたんじゃ...」

「...!! あ、いや...その...」


沈黙。


「ぶはっ、本当に園子ちゃん面白いね! あれでしょ、要が怖いから目つけられたらどうしよう怖い、みたいなね。あるある」

「...大斗、黙れ」


ごめんなさい、要先輩。
最も大斗先輩の言う通りです。


「あー、いや、だって...そのー。さっき先輩のギター傷つけたかもしれなくて...。ほんっとうにごめんなさい‼︎」

「別に。俺こそごめん」


目を合わせられなくて、ペコペコ謝るしかない。
この態度にイライラしているのか、要先輩は何も言わない。
ひょー‼︎ とんでもないことをしてしまった。

二人の様子が可笑しいのか、大斗先輩は爆笑する。


「まあまあそんな固くならず仲良くいこうよ。こいつは、成瀬要(かなめ)。普段は無口だけどいい奴だから」

「あ、はい。田辺 園子です。よろしくお願いします...」


軽く礼をするだけで、要先輩は何も喋らない。
心の底では、「何でこんなチビ眼鏡に礼しなきゃいけないんだよ」とか思われてるに違いない。

嫌な日だな...。