笑顔で私がそう言うと、戸惑ったような顔を浮かべてから、小さく頷いた。
本当は別に1人でも全然構わなかったし、プリントを配る仕事も今放棄したんだけど。
もうすぐ授業が始まりそうなのを無視して、渚沙を軽く引っ張りながらずんずんと保健室へ歩く。
階段を降りて、職員室の隣の保健室のドアを開けた。
「在室って表示なのに誰もいないって何事…?」
表のプラカードは、『在室』って書いてあったのに、保健医はいなくて。
とりあえず渚沙を椅子に座らせてテキトーに冷蔵庫の中を漁ると保冷剤をみつけた。
「はい、これ。左頬に当てて?」
「…あ、ありがとう。」
近くにあったタオルで巻いた保冷剤を渡した瞬間、鳴り出したチャイムに少し笑う。
やっぱ10分休みって早いよね。
…ていうか先生に何も言ってないけど、まあいっか。
「夢空ちゃん、授業は…?」
「それを言うなら渚沙もでしょ、私はもう授業に間に合うようにするのはさっき諦めた。」
私の言葉に、「それもそっか」って、保冷剤を当てながら渚沙が小さく笑った。
「…どう?本当はすぐに冷やせたらよかったんだけど…。」
「ううん、ありがとう。…どうして、私にそこまでしてくれるの?」
首をゆるゆると振った渚沙の質問に言葉が詰まる。
どうしてって言われても…、左頬を腫らしているクラスメイトが自分しかいない状態で目の前にいたら何かアクションを起こすのが普通じゃない?
「…理緒ちゃんに見つかったら夢空ちゃんに飛び火がいっちゃうのに。」
目線を下げて切なげに言った渚沙に、ああ…と理解する。
どうしていじめられている自分を助けたのか、って意味か。
「…助けたかったから。」
「…え?」
「全部理緒だけが悪いわけじゃないってわかってたし、私達も渚沙にとって加害者だから、せめてもの罪滅ぼしっていうか、…考えるより前に渚沙のこと、助けたかった。」
理緒の前の椅子に私も向かい合わせになるように、座ってそう言うと、目を丸くしていた渚沙が「ありがとう」と微笑んだ。
むず痒い気持ちを抑えて、俯く。
…見て見ぬフリしか出来ない弱い私にお礼なんていらないのに。


