「貴方達が来てくれた日からずっと色々なものを探したの。…椿に無理言って頼んで前に住んでいたらしい家にも連れて行ってもらった。」
琉空に似た透き通る声がポツリポツリと語る。
2人に背を向けるように座っているからどんな表情をしているかは分からないけれど、きっと琉空をまっすぐ見てくれているんだろう。
「…そこでね、たくさん色々見つけたの。母子手帳も日記もアルバムも。…ここ毎日ずっと読んだり見てたりした。」
百合さんの言葉を黙って聞きながら、カップをひたすら見つめる。
向かい合わせに座った椿さんも寂しそうな嬉しそうな複雑な表情を浮かべていて。
まだ一言も発していない琉空がどんな気持ちなのかわからなくて少しもどかしかった。
「…見たり読んだりして驚いた。全部貴方のことでビッシリだったから。」
「…え?」
「日記もアルバムも全部貴方のことばっかり。おかげでどんな生活を送ってきたかが手に取るようにわかるくらい細くね。……貴方のこと、私はずっとずっと愛していたみたい。」
疑問の声を零した琉空に、あどけなくクスリ、と温かく笑う百合さんにこの部屋の空気が変わったのがわかる。
「…ごめんなさい、私は本当に何も覚えていないの。でも、きっと貴方を私は本当に大切にしていたんだと思う。…誰よりも、大切に思っていたからこそ、忘れてしまった。」
温かい言葉の中にほんの少しだけ混じった寂しさ。
いつかお母さんが言ってくれた“忘れてしまった人の方も辛い”って言葉。
誰よりも大切にしていた琉空を忘れてしまったことに気付いた百合さんも、きっと辛かったんだろう。
「…母さん、は、俺のこと忘れたいって思ったから忘れたんじゃないの?…母さんは俺のこと嫌いだったんじゃないのっ…?」
今日百合さんと会ってから琉空が初めて言ったセリフは微かに震えていた。
ずっとずっと琉空が悩んで苦しんできた疑問と想い。
忘れたいって思われるほど嫌われていたのかもしれないって思いながら、もがいてきた。


