「…夢空、一回座りましょう。何でも聞くわよ。」
いつも以上に優しい声色で言ったお母さんに導かれるようにソファに2人で座る。
急に泣き出した私に困惑するんだと思っていたけれど、案外お母さんは私に無理に何も聞かずに背中をさすってくれていた。
「…お母、さんっ…、忘れられるって、どんな気持ち、なんだろうっ…」
顔を手で覆いながら聞いた質問は自分でもあまりに突飛だった気がする。
でも、私の頭の中なんてグチャグチャで、そんな疑問だけが頭をずっとぐるぐるしてた。
忘れられるのがどれくらい辛いかなんて…、私1人じゃ答えが出そうになかったから。
「…そう、ねえ。自分は覚えているのに、忘れられていたりしたら、確かにすっごい悲しいと思う。寂しくて、きっと辛い。」
お母さんの言葉に心のどこかで、やっぱりそうなんだ、なんて思う。
誰が聞いたってきっと忘れられてしまったら寂しくて、悲しいんだ。
でも、と続けたお母さんに耳を傾けると、温かい声がそっと降りてくる。
「でも、きっと。忘れてしまった人の方も辛いと思うわ。…大切な人なら、尚更ね。」
お母さんのその台詞に驚いて、顔を上げると柔らかい表情のお母さんと目が合う。
忘れられるのは、悲しくて寂しくて辛い。
…でも、忘れてしまうのも辛い…?
「どうしてっ…」
「だって、誰だって大切な人のことをこれっぽっちも忘れたくなんてないわよ。その人の笑顔も一緒に過ごした思い出も全部全部覚えておきたいはず。…それを全て失ってしまうのは虚しいと思うから。」
私の問いかけた質問に、お母さんが答える。
…百合さんも、琉空を忘れてしまって虚しく思うのかな。
「そう、例えば夢空と結衣のことを私が忘れちゃったら、きっとすごく寂しいわね。…全部忘れてしまうからどんなに大切なものを失ったかには気づかないかもしれないけど、それでもきっといつか心の虚しさを感じるわ。何よりも大切な宝物を失った、って。」
…私はずっと琉空のことばっかり考えていた。
忘れてしまった百合さんの気持ちなんて考えなくて。
お母さんに言ってもらってやっとわかった私達とは違う視点からの気持ち。
ずっと琉空が痛くて、辛くて。
でも、百合さんが琉空を忘れたくて忘れたわけじゃない。
…きっと百合さんも今苦しんでいる。


