「ごめんなさい…、傷つけるために呼んだわけじゃなかったんだけれど…。百合も悪気はないの、それだけは分かっていてください。」
「いえ…、すみません、失礼します。」
申し訳なさそうに眉を下げる椿さんに頭を下げてマンションから出る。
琉空も百合さんも両方混乱している状態で何も出来ないと判断した椿さんの提案でとりあえず私たちは帰ることになった。
小さく手を振って、私たちを見送る椿さんにもう一回軽く頭を下げる。
……椿さんがこの前言っていた罪は、『全ての事情を唯一知っていたのにそれをひた隠しにして黙っていたこと』。
今から8年前、百合さんが帰って来ないって情報を聞いた椿さんが琉空をすぐに引き取って預かっていたけれど、その4年後の病院からの電話で百合さんが事故にあっていたことを知ったらしい。
琉空がやっと母親と生活できると思って喜んで迎えに行った先で待っていたのは、15年の記憶を失くして、結婚したことも琉空の存在すらも覚えていない百合さんだった。
『その後家に帰って、琉空の顔を見たらどうしようもなく辛くて。こんなにいい子なのに素敵な子なのに、百合の帰りを心のどこかでずっと待ってるのに、……百合は琉空のこと一切覚えてないっ…。真実を伝える勇気すらなくて、でも琉空の無邪気な笑顔を見るとどうしても胸が痛んで、…気付いたら逃げてた…、弱かったの、自分を守ることしかできなかったのっ…。』
私にその時の様子を話してくれた椿さんの姿を思い出す。
どこかを苦しそうに見つめて、ぎゅっと拳を握っていた。
きっと椿さんはずっと自分の弱さを責めて、ずっと後悔していたんだ。
琉空と向き合うことから逃げてしまったことに。
……琉空を置いて出て行ったあとは新しくマンションを買って、15年間記憶がない百合さんは、そのまま病院で15年眠り続けていたということにして暮らしていた。
それを聞いた琉空は、相変わらず何も言わなくて。
ただずっと唇を噛み締めていた。


