音を立てずに開いた扉から降りて共用の廊下を歩くと、すぐに『和泉』と言うプレートのドアが見つかる。








琉空も私も無言で、何も言葉が出てこなくて。









沈黙の中、震える手で琉空がインターホンを押した。









「…はーい、どうぞ。」










明るくドアを開けてくれたのは、前に会った椿さんとは違う女の人。









おそるおそる顔を上げると、思わず時が止まったように感じた。









……綺麗な人。そう表すのがぴったりだった。








「こんにちは。」









自然体で若々しくて、細いのに華やかで笑顔が似合う。









…でも、やっぱり椿さん以上に琉空に笑った目元が似ている。










「初めまして…、えっと…、椿のお知り合い?」










…だってこの人が琉空のお母さん、だからね。









半歩くらい後ろにいる琉空がどんな顔しているのかは見えないけれど、その百合さんの言葉で息を呑んだのが聞こえた。









…泣きそうなのを堪えるように、息を吸った音も。









いつの間にか百合さんの影から現れた椿さんに挨拶をすると、寂しそうに笑った。









「…百合、この子達は私だけの知り合いじゃないよ。…この男の子、百合の息子だよ。琉空くん。…天川琉空くん。」








椿さんが琉空の方に手を向けてそう紹介すると、百合さんは目をパチパチさせる。










少しだけ私が振り返ると、琉空は下を向いて体の横にある拳を強く強く握っていた。









「…え…、椿何言ってるの?…冗談やめてよ、まず私は和泉百合だし、結婚だって…してないし…、その上息子だなんて言われても…、全部記憶にないわよ。…ねえ、椿、嘘なんでしょう?」










戸惑ったようにそう声を出す百合さんの言葉があまりにも痛くて。









耳を塞ぎたかった。琉空に聞こえないように妨害したかった。









そんな言葉、聞かせたく、なかった。









「百合、嘘じゃない。全部全部本当のことよ。…貴方は病院で15年間くらい眠っていたつもりだったかもしれないけれど実際に眠っていたのは2週間。貴方が眠っていたと思っているのは全部貴方の記憶から消えてしまっただけ。…百合が全部忘れていただけで、15年間ずっと普通に生活してた。」









椿さんが発した説明に、迷いを瞳に映す百合さん。









百合さんが事故にあってしまったのは、琉空を置いて家を出てしまったあの日らしい。









そのまま事故にあって2週間眠っていたから、琉空の元へ帰ってこれなかった。