「平瀬、これは違うんだ」
亮平は動揺を隠さず、わたしに少しずつ歩み寄ってくる。
「あの、平瀬さん。お願いです!見なかった振りをしてください」
早川さんは必死に頭を下げているけど、見なかった振りをしろってことはつまり…。
二人はキスをしていたと、認めたってこと。
やっぱりそうよね。
わたしが見た時には、早川さんは亮平の背中に手を回して、背伸びをしていたもの。
亮平はどうだったっけ?
全然分からない。
「わたし、帰るから」
それだけ言うのが精一杯で、身を翻すとオフィスを出た。
足早にエレベーターへ向かう後ろから、遠慮ない足音を立てて、走ってくる気配がする。
「香乃子、待て。ちょっと、話を聞いて欲しいんだ」
それは亮平で、取り乱した様子でわたしの腕を掴んだ。
「早川さんに怪しまれるよ?こんな場所で、わたしを香乃子って呼ばないで」
「今は、それどころじゃないだろ?頼むから、話を聞いて欲しいんだ」
「話って?二人がどうしてキスをすることになったか、理由でも聞けって?」
投げやりな感じで言うと、亮平のわたしを掴む手の力が緩み、腕はすり抜けた。

