二階にあるレストランは少しレトロな感じがした。「洋食屋さん」という雰囲気だった。私はチーズが入ったハンバーグのセットを頼んで、大宅さんはハンバーグとミックスフライのセットを頼んだ。「デザートも食べる」と私は宣言して大宅さんは「もちろん」と受け合った。「でも」と大宅さんはメニューを繰りながら言った。
 「良かったらデザートはお店を変えない?いいところを教えてもらって来たから」
 「へー!!うんうん、そこ行こう、そこ行こう!」
 とはしゃぐと、大宅さんが私を見てくすくすと笑った。
 「何?」
 と、今度は私が尋ねる番だった。大宅さんは頬杖をついてメニューを閉じると「ん、なんでもないよ」と目を伏せた。その目が伏せる瞬間、彼女の薄い唇は一瞬尖がってついと横に引かれて、その表情はなんだかとても、
 ── 良かった。

 お昼ごはんを食べながら、私たちはお互いの進路のことを話した。私は附属の大学の国文科に進学が決まっていて、彼女はやはり美学美術史学科への進学だった。美大じゃないんだね、と私は無邪気に言った。大宅さんは「絵は、趣味でいいよ」と答えて、私はそんな大宅さんを大人だな、と思った。いい意味でも、悪い意味でも、オトナだ。
 大宅さんはフォークとナイフで切ったハンバーグとフライを箸で食べていた。箸を口に運ぶ手はいかにも絵筆が似合いそうな手で、少し節のある長い指で指先はピンク色だった。

 (パンダ橋を降りながらあの手を握った時…)と、私は少し思いを馳せる。──あの手は、温かかったっけ?冷たかったっけ?そんなことも覚えていない。ハンバーグから零れたチーズが鉄板の上でじゅくじゅくとなっているのをフォークですくって、私は大宅さんが美術室で描いていた絵のことを思い出していた。

 その絵はたしかレリーフの下絵だった。女性の横顔と、靡いた長い髪がいつか蔦のような植物になって、夜の闇の中に伸びていく。夢の中なのか、夜になると現れる妖精なのか、不思議な絵だった。

 「杉野?」
 私のフォークはいつの間にか止まっていて、大宅さんは訝しげに私の顔を覗き込んだ。
 「オオタカさんが描いてた絵のこと、思い出してたの。」
 「何の絵?」
 「あの、長い髪が蔓植物になって、それで、夜の中に伸びていく…」
 「ああ…。うん、あったね。」
 大宅さんは大きめに切ったフライを口に放り込んだ。油で濡れた唇をちろりと舌でぬぐって、頬張った口をもぐもぐと動かしていたが、私が見ているのに気付くとごくり、と喉を鳴らして口の中の物を飲み込み
 「照れるんだけど」
 と言った。私は慌てて目を逸らして「ごめん、ごめん」とハンバーグを口に入れた。