女の子同士だからおかしい、と言ったあとで、私は、デートと手をつなぐタイミングについて考え始めた。私はそれまでに二人の男の子とデートらしきお出かけをしたことがあったけれど、どちらも一度会ってそれきりになった。彼らと手をつないだか、と訊かれたら──つないだ。でもそれはもちろん、最初から手をつないでいたのではなくて、お互いに意識しながらも触れないでいて、映画を見たり、喫茶店で話したりして、ふたりの時間を重ねて行ってちょっとは親しくなれたかな、と思った頃になんとなく手を握られる、というような手のつなぎ方だった。
 今しがた大宅さんと手をつないだのは、大宅さんの自然さにつられたのだけれど、もし大宅さんが男の子だったら躊躇ったかもしれなかった。それに私は大宅さんのことを少なくとも初めてデートする男の子よりは知っているはずなのだし。
 そんなことを考えていると、大宅さんは不機嫌さなどすっかり忘れたように「上野の森美術館ならいまはOOの展示をやってて、東京都美術館はOOをやってる…杉野、どっちが見たい?」と訊くので私は新たな問題として大宅さんとどの美術展を見たいかという問いに飛びついたのだった。

 土曜日の午前中のその時間は、美術館はそれほどは混んでいなくて、私たちはのんびりと展示を堪能した。時折「順路」という看板を確かめ、相手がそこにいることを確かめる。気に入った絵の前に長めに佇んだり、ところどころに設置されたベンチに腰掛けたりした。大宅さんは美術部だけあってかなり真剣だった。順路の最後にはミュージアムショップがあった。ポストカードや図録、仕掛けのある文具や工芸品のような玩具、そして哲学的なオブジェが並んでいる。そういうのをひとつひとつ眺めるのも面白かった。

 随分とのんびりとすごした美術館を出ると急にお腹が空いて、私はその日はじめて自分から
 「お昼にしない?」
 と、大宅さんに声を掛けた。大宅さんはミュージアムショップの袋を手に私の後を歩いていて、私がそう言って振り向くとこちらを向いて「いいね」と微笑んだ。
 眼鏡の奥で目を細めて笑った大宅さんは確かに私の知っている大宅さんなのだけれど、美術館の大きな扉を背に立っている大宅さんは制服を着ていなくて、揺れるスカートの下に伸びていた足はデニムパンツの皺の下に隠れていて、青いシャツや黒いコットンパーカーを着た肩や腕もなんだか全然違う人に見える。
 (なんだか違う人みたいだ)そう思って彼女を見上げると、そういやこの人の眼鏡はこんな眼鏡だったっけ?と思う程眼鏡の印象も違って見えてきて、私はそれを確めるようにまじまじと大宅さんを見つめてしまった。

 大宅さんは、じっと私の目を見つめて動かなかった。私も間違い探しをするように彼女の眼鏡を見つめていた。少しすると大宅さんは苦笑いをして目を逸らして「何?」と尋ねた。
 「ううん。なんでもない。オオタカさん、なんか、違う人に見える。眼鏡、変えた?」
 「変えてないよ。」
 「そっか。」
 「どんな風に、違って見えるの?」
 大宅さんは立ち止まった私を追い越してから振り向いて訊いた。
 さぁ、どう違って見えるのだろう。すぐには答えられなくて、私は大宅さんの後を追って歩いた。