あれから私はそれなりにいくつかの恋をして、静かに一歩一歩を踏みしめるように落ちる恋を知り、嵐に巻き込まれるように落ちる恋を知った。

 でも、あのときほど私は恋に落ちたと知らぬままに恋に落ちて、そしてあのときほど私は恋に落ちたことを「怖い」と感じたことはない。それは、私がそれまでに思い描いていたような優しいかったり甘かったりするものではなかった。それまでに私が思い描いていたというのは、たとえば、じわじわと自分の中に浸透してくるような恋心であり、どこか戯れに似たあま噛みのような優しさで締め付ける胸の痛みであり、とくとくと打つ鼓動に感じる生きる喜びであったりした。

 そのような経緯が私の恋の道のどこかにあったにせよ、私は、それを意識することもなかった。だから、私を襲った恋心は、まるで突然の暴風雨のようだった。私の胸の中に渦巻いた気持ちは、体の中心をものすごい速さで走り抜けて、それから心臓に一直線に向かっていって、ぎゅっと心臓を縛りつけた。その胸の痛みや息苦しさに喘いで何かに縋りたい、と思う。

 ── この腕に縋りたい

 そして、

 ── この腕の中の恍惚を知りたい。


                -----------------