日が暮れてからとても肌寒くなったあの日、帰りの電車を待つホームで私は少し震えていた。白い薄手のコートの下はアンゴラの入ったニットで、でもそれは半そでで、コートの前のボタンをきっちり留めていてもやはり寒かった。大宅さんは何も言わずに自分のコートをそっと私に掛けてくれた。肩にそのコートが乗ったとき、私は一瞬彼女に抱きしめられたような錯覚を起こした。大宅さんのコートは大宅さんの温もりを抱いていて、その熱が私に移る瞬間に、コートと私の間から大宅さんの分身のような何かが小さな粒子になって立ち上ってくるような気がした。私はぎゅっと自分を抱いた。怖いと思った。大宅さんはそれを、寒いのかと勘違いした様子で、コートの衿をぎゅうっと持って、小さな子供に着せてやるようにコートの胸を合わせて腕をそっと摩ってくれた。

 どうしていいのか分からなくて、私は泣き出してしまった。でも、そのとき本当にどうしていいのか分からなくなったのは多分大宅さんの方だったろう。
 「どしたの?どしたの?ねえ、どうした?」
 と、大宅さんはしきりに尋ねた。私は、ただ首を振って、大丈夫、大丈夫、と半分は自分に言い聞かせるように言いながら、こぼれてくる涙をぬぐった。
 自分が泣いているのは、青春時代の一頁を終わらせなければならないから。自分が泣いているのは、通い慣れたキャンパスが遠のいてしまうのが寂しいから。自分が泣いているのは、それでも、どうしても、そんな馬鹿げた理由ではないと分かっていて、──私が泣いていたのは、もっと馬鹿げた理由だった。

 「怖い」
 私はとうとうそれを口にして、くず折れた。
 大宅さんのコートは私の肩から落ちてしまった。でも、寒いのは一瞬だった。大宅さんは座り込んだ私の肩を抱いて、辛抱強く私が泣き止むのを待ってくれた。背中を摩ったり、肩を摩ったり、落ちたコートをそのままにして、私を大事に大事に扱って、どうして泣いているのか、何が怖いのか、と尋ねることもなかった。

 やがて気持ちも落ち着いてきて、泣き止んだら、鼻水が気になって、急いでティッシュを取り出して拭いた。何度も鼻をかんだら私のポケットティッシュは空になってしまった。大宅さんは私が鼻をかんだティッシュを私の手からとって空にになったポケットティッシュの袋に入れてジーンズのポケットにしまった。それから、コートのポケットをまさぐって、ぐしゅぐしゅになったポケットティッシュを私の手に握らせた。私は「もう平気」と、首を振った。

 立ち上がって、私は髪を気にしたり服の皺を気にしたりして少し居住まいをただして、それからまっすぐに大宅さんに向き合った。大宅さんは何も言わなかった。私も何も言えなかった。しばらくそうやって向き合って、大宅さんはまた、私にコートをかけてくれた。それから、私の手首を握って、

 「ごめんね」

 と、言った。