「デートしない?」
と言われたとき少し躊躇ったのは彼女のその「デート」という言葉にほんの少し違和感を感じたからだった。女子校に育っていて、私は、放課後や休日に級友とどこかに出かけるときには簡単に「デート」という言葉を使った。「あー、ルーズリーフ欲しいんだった。ロフト行きたいんだけど、デートしない?」「OOって映画面白そうだよね。今週末デートしようよ。」そんなときには大抵軽く「いいねー!」「そうしよー!」と答える。三つ編みに編んだ髪を解いて風に靡いているのを見ながら。シャンプーの匂いがふっと立つ教室の片隅で。

 卒業間近だった。昼休みではない短い休み時間で、私は何をしていたのかよく覚えていない。教室の前方のドアで級友が私を呼んだ。
 「すぎのー。」
 顔を上げてそちらを見ると、そこに大宅(おおたか)さんが立っていて首を傾げるようにして私に向かって会釈をした。(何だろう?)と思うこともなく私はドアへ向かって行った。先程私を呼んだ級友はもうどこかにいなくなってしまっていて、大宅さんは引き戸に凭れてこちらに向いていた。
 「オオタカさん」
 と私が呼びかけるのと同じくらいのタイミングで大宅さんは黒縁眼鏡の奥の目を細めて笑顔を見せた。ドアに凭れていた体をすっと起こして、そうやって立つと大宅さんは私よりも10センチは背が高かった。
 「えっと、えっとねえ。杉野、デート、しない?」
 と、大宅さんは膝丈のセーラー服の紺色のスカートをポンポンと叩きながら言った。その時の大宅さんの声は極めて普通どおりで、たとえば「現国の教科書、貸してくれる?」というような抑揚で声調だった。──と、その時は聞こえた。たとえばいつもよりも少し声が小さかった、とか、声が震えていた、とか、そういうのだったらもっと分かりやすかったのだけれど、それは本当に単純に女子高生同士のたわいもない話の続きのようにさり気なかった。ただ、その言葉があまりにも唐突だったから、私は違和感を感じたのだろうとその後席に戻りながら思ったのだ。結局は断る理由もないし、私はほんの少し間を置いてしまったその後でその間を埋めるように
 「デート?うん。いいよー。うん。」
 と答えてそれから少し遅ればせながらではあったけれど、ぴょこんと飛び跳ねてから自分の手を胸の前で重ねて「どこいくー?」と女子高生の通常運転に戻った。大宅さんは、そんな私を見て楽しそうに笑って「いくつか考えてるところがあるんだけど、後でメールしてもいい?」と尋ねてポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出した。
 「メアド、書いてあるから」
 その時チャイムが鳴って、大宅さんは「じゃ」と低く手を上げて一組の方へ戻っていった。背筋を伸ばして歩く、大宅さんの膝丈のスカートが規則的に揺れていた。