「柊木さんは?なにか話したいことないんですか。」

「んー?って柊木さんって呼んじゃうんだ。鷹弥でいいのに。」
 いやいやいや、心開きかけているとはいえ、いきなり下の名前呼びはしないでしょーよ。

「まぁアヒルちゃんらしいっちゃアヒルちゃんらしいよね。」
 ポンと彼はまた私の頭を撫でた。

それがいくら彼のパーソナルスペースが狭いせいだとはいえ、ちょっとはどきどきしてしまう。おまけに良い匂いもいまだ現在だよ。

「アヒルちゃんは浮気なんかしちゃだめだよ。」

「うん?」
 私の返事を聞いて、にこっと笑った彼は立ち上がる。

「アヒルちゃん家、どこ?
遅いからもうさすがに帰らないとね。」
 勤務中だから送っていくことできないけどと言葉をつづけた彼は、せめてものこととして、公園の入り口までついてきてくれるみたい。

「家まで5分ぐらいですから大丈夫ですよ。」
 しかも私大人だしね。くしゃっと思わず笑ってしまう。

会ったときはキケンだって思ったけど、でも、やっぱりこの人良い人なんだな。

ちょっとだけ、このままばいばいってのは寂しい気も…する、ね?


「じゃぁね、アヒルちゃん。」
 東側の入り口じゃなくて、私が入ってきた入り口へたどり着くと柊木さんはそこで軽く手を振った。

「帰り道、気をつけろよ。」
 白いコックコートを私は目に焼き付ける。

「あの。」
 だけどそれだけじゃ足りなくて、私はとうとう言葉を発してしまった。

「なに?」
 くったくのない顔で、柊木さんは優しく聞き返してくる。

「また…会えるんですよね?」
 『職場が変わらない限り…』さっきそう言ってきた柊木さんの言葉を私は思い出す。

「…アヒルちゃんは俺とまだ話したいの?」

「まぁこんなにせっかく仲良くなれたんですし。」
 失恋話も聞いてもらっちゃったしね。せっかくの縁をここで終わらせちゃうのは、なんだかなって思う。

「アヒルちゃん、元カレのことどう思ってる?」

「え?」

「浮気されて……どう思った?」

「え、そりゃ、」
 最低だって、思ったよ。

「それが正解だよ。」
 彼はまた微笑む。私の話を聞いてくれた時と同じ顔で。

「柊木さん?
あの何を言ってるのかよくわからないんですけど…」


「ごめんね、アヒルちゃん。」
 彼は地面に転がっている砂利を靴裏で鳴らした。


「俺も浮気してる。」