階段を上がろうと一歩踏み出したら、隣にいた姫野さんの姿が視界の端から消えていることに気づいた。
振り向いたら、姫野さんは階段の下で止まってる。
そして私を見上げて、
「松浦さん、しつこくってごめん」
と覇気のない声で告げた。
またですか……この空気感。
上手く避けたと思ったのに、姫野さんはまたぶり返すつもりなのか。正直なところ、もう止めてほしい。
「え、はい……?」
「僕はただ、松浦さんのことが心配なんだ。それだけは、わかってもらえるかな」
仕事してる時の、きびきびとした姫野さんは何処へやら。哀願するような目が私を捉えている。
「姫野さん、わかりました。ありがとうございます」
そう答える以外に、何と答えるべきなのか。
だけど漠然とした答えでも、姫野さんは満足そうに微笑んでくれた。
「僕の方こそ、ありがとう」
声とともに足を弾ませて、姫野さんは階段を上がり始める。
やれやれ、当分は姫野さんとは二人きりにはなりたくないかも。と本気で思ってしまった。
姫野さんは事務所で仕事してる時か、会議で声を荒げている時が一番輝いていると。