横断歩道を渡り終えた姫野さんが、ゆっくりと私に歩幅を合わせる。ちょうど並んで歩き始めた頃、姫野さんが口を開いた。



「何か困ったことがあったら僕に話してほしい、遠慮は要らないから」



遠慮は要らないという姫野さんの声が、そもそも遠慮してる。などとツッコミを入れたくなるような自信のない声。



気遣いは本当にありがたい。
だけど、それよりも気になるのは姫野さんが隠そうとしているモノ。遠回しな言葉で、いったい何を隠そうとしているのだろう。



はっきりと言ってほしい反面、今は聞いてはいけないような複雑な気持ち。



「お気遣いありがとうございます、何かあったら相談させてくださいね」



とりあえず今は、さらっと流した方がいいかもしれない。
そう思って、丁重に答えた。



姫野さんは一瞬だけ驚いたような顔をしたけど、すぐに表情を緩ませる。



「うん、些細なことでもいいから話してよ」
「本当に、ありがとうございます」



少し恥じらうような姫野さんの笑顔は、きっと理解してくれた証拠だ。
私まで、ほっとしてしまう。



ようやく、駅へと上がる階段が見えてきた。