「もし橘君に何か言われたり、何かされそうになったら、すぐ僕に言ってほしいんだ」
想像していた内容とは違っていたけれど、まっすぐ投げ掛けられた声は意外にも静かで柔らかだった。
それでも、はっきりとした口調は周りの音を遮断するほどの存在感。お客さんが増えて、ざわつき始めた店内にも関わらず。
すると姫野さんは、
「松浦さんが、少しでも不安に感じるようなことがあったら、遠慮なく言ってほしい」
と繰り返した。
さらに力強さを込めて。
心当たりがない訳じゃない。
むしろ、大いにある。
あるのだけど……
「はい、わかりました」
何を話していいものか、とりあえず答えてみた。もやもやした気持ちを抱えながら。
「ありがとう、彼を疑うつもりはないんだけど、なんとなく……気になったから」
姫野さんは笑ってみせる。
次第に力強さを失くした口調が、ぎこちなくなっていくのを隠すように。
こんな風に姫野さんが言い出すのは、何か理由があるのだろうか。
「何か、あったんですか?」
「いや……、何かあってからでは困るから、ね」
やっぱり、話すほどに姫野さんの口調が弱くなっていく。

