姫野さんが、小さく息を吐いた。
緩やかに弧を描いた口元が、ゆっくりと開く。
「それならよかった。だけど、待たせてしまって本当にごめん」
本当に申し訳ない気持ちを込めた声は、私の方が恐縮してしまうほど。
それほどまでに姫野さんが、彼のことを気にしていたということかもしれない。
「私こそ、すみませんでした」
「松浦さんが謝ることはないよ。悪いのは待たせてしまった僕だから、今度からは気をつけるよ」
お互いに謝ってばかりで、なんだか変な感じ。どんどん空気がぎこちなくなって、息苦しくなっていく。
何か話さなきゃ……
湯呑みを口に運んだ瞬間、姫野さんが呼びかけた。
「松浦さん、ひとつお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
テーブルに両肘を置いて、身を乗り出すように姫野さんが私を見据える。真剣な目が、ただならぬ雰囲気をかもし出す。
姫野さんは、とても大切なことを話そうとしている。
「はい」
私は答えて、湯呑みをテーブルに置いた。そっと音を立てぬように。
姫野さんが頷いて、私を見つめる。

