「来てごらん、秘密の部屋を見せてあげるよ、お母さんには内緒だよ」



橘さんが男の子に語りかけながら、私たちの前を通り過ぎていく。穏やかで柔らかな声に安心したのか、しきりに目をこすっていた男の子が顔を上げようとしている。



すると橘さんは、にこりと笑った。



「ほら、顔を上げて、見てごらん。ここが秘密の部屋だよ、君には特別だからね」



声のトーンを上げて呼びかけると、男の子は顔を上げて駅員室を見回した。目は真っ赤だけど、表情が明るくなっていく。



橘さんの意外な一面に、驚かずにはいられない。



男の子と駅員室へと入った橘さんは、振り向いて私たちに一礼。わかったと答えるように、姫野さんは頷いた。



「じゃあ、俺たちも行こうか」



姫野さんに促されて駅員室を離れる背中越しに、男の子の笑い声が聴こえてきた。