十時過ぎ、姫野さんと事務所を出て茜口駅前へと向かう。
通勤ラッシュを過ぎた駅や電車内は比較的空いていて、乗り降りもスムーズで気持ちいい。こんな時間に通勤できたら、時差出勤できたらいいのにと考えてしまう。
車内の座席は空いているけれど、私たちは座らない。
事務部門だから乗務員などの営業部門のような制服はなく、男性はスーツで女性もスーツか清潔感のある服装が基本。出社したら左胸に社章のバッジを付けることと、社員証を首から下げることになっている。
これは社内でも、外出する時でも同じ。
社章を見れば港陽鉄道の社員だとわかるから、いくら車内が空いていたとしても堂々と座ることはできない。
駅を出入りする時には駅員に声をかけて、改札機ではなく駅員室を通してもらう。
「お疲れ様です、失礼します」
姫野さんの後に続いて、茜口駅の駅員室を通っていく。初めて入る駅員室に、ドキドキしながら。
「お疲れ様です……」
姫野さんと同じように挨拶して、視線を上げた先に見たことある顔。私を見て、にこりと笑って会釈する。

