大きく息を吸い込んで、なんとか気持ちを落ち着ける。
次に彼が乗ってきたとしても、あの席に座っているとも限らないだろう。それに、もうこの電車の同じ車両に乗る勇気なんてないだろう。
だけど彼が再び同じ席に座って、同じ失態を繰り返したりしたら……
なんて考えてしまう私は、かなりヒネくれてかもしれない。思い出して笑いそうになったから大急ぎで本を開いて、埋めるように顔を伏せた。
なんとか堪えて顔を上げると、前に立っているスーツ姿の男性が怪訝な顔で私を見てる。いつも本で隠れていて、顔さえみたことない人なのに。
どうして?
私の顔に、何かついてる?
なんとなく、目が何かを訴えているような気がする。
不思議に思っていると、ドアの辺りに人の動き。その中に私と同じ宮代駅で降りる人の姿を見つけて、ようやく事態を理解した。
いつの間にか、電車が停まっている。
駅名は確認できないけど、この状況が非常にヤバいことだけはわかる。
慌てて立ち上がり、人波をかき分けて、閉まりそうになるドアの隙間から飛び降りた。
本を握り締めたまま、逃げるように。
まるで、昨日の彼のように。

