「松浦さん、そういうのは全然気にしないでって、前にも言ったの覚えてない?」
ほんの少し強い語気で、姫野さんに言われてしまった。姫野さんはそういう口調の人、まったく悪気などないのはわかっているのにうろたえてしまう。
そういえば、言われた覚えがある。
四月の私の歓迎会で、注いで回りながら挨拶を……と席を立った私を引き留めたのは姫野さん。
『ここでは、そういうのは不要だから』
と言ってた。
先月の宴会の時にも同じことを言われたのに、すっかり忘れていた。
「あ、はい。覚えてます、すみません」
「謝ることはないよ、気を遣わないで気楽に飲もう」
姫野さんが、なみなみとビールを注いだグラスを掲げる。私もグラスを手に取った。
琥珀色に満たされたグラスの向こう側、橘さんの顔が映ってる。
じっと彼が見据えているのは、姫野さんではなくて私。威圧感に満ちた眼力を注いでくる。
今朝の電車内で女子高生に向けていた目に似ている……と、思うと笑いそうになってしまう。覚られないようにグラスを口へと運んだら、彼は持っていたグラスをテーブルに置いた。
その間も、絶対に目を逸らそうとしない。

