彼が、優しく髪を撫でつけてくれる。温もりと鼓動を肌で感じながら、彼の体を抱き締めた。
「俺が港陽鉄道に入社したのは、プロジェクトに加わる理由もあるけど、本気で乗務員になりたいと思ったから」
「乗務員に? どうして?」
「陽香里の影響だよ、ずっと考えてたんだ、それに陽香里と一緒にいたいから」
『一緒に居たい』
と言ってくれた彼の声が、胸の奥深くに染みていく。じわりとした熱が体中を満たしていく。
やっぱり、彼が好き。
だけど……
「いずれ、お父さんの後を継ぐのでしょ? だったら辞めなきゃいけないんじゃない?」
口に出してみたら、思ったよりも胸が苦しくなる。
ずっと頭から離れなかった不安。
彼がホテルグループの社長の息子なら、長男なら、いつか彼は会社を辞めてしまうはず。父親の後を継ぐために。
さらに、もうひとつの不安までもが頭をもたげてきた。
彼が、付き合おうと言ってくれなかった理由。後継者なら、安易な行動はできない。
だから彼は、私に言ってくれなかったんだ。

