「姫野さん、待って」
伸ばした手は姫野さんの腕に触れることなく、逆に姫野さんに掴まれた。
姫野さんは唇を噛んで、今まで見たことないほど険しい顔をして彼を睨んでいる。やがて私の手を握り直して、ふわりと力を込めた。
「橘……、何のつもりだ? どういうことか説明しろ」
絞り出すように、低い声が震えている。
なんとか気持ちを落ち着かせようとしているのがわかるけれど、怒りはまだ収まらないらしい。彼を見据える目元がぴくりと震えるたびに、唇を噛み締める。
橘さんが、顔を上げた。
「説明なんて要りません」
姫野さんを一瞥して、私を見てにこりと笑う。
どくんと胸が揺らいだのを、すかさず抑えたのは姫野さん。私の手を強く握り締めて、大きく息を吸い込んだ。
「それが、お前の答えか?」
「はい、もちろん。僕の気持ちに偽りはありません」
迷いのない澄んだ声は、私の胸へと染みていく。こんな状況なのに、彼は瞳を輝かせて。輝く瞳は私を捉えて。
姫野さんが、私の手を振り解いた。

