橘さんが事務所に入ってきたのは、始業のチャイムが鳴る五分前。



息を切らせて焦った様子で事務所に入ってきて、皆に挨拶をしながら打合せテーブルへと向かってく。



その間、ずっと私を見ているのがわかる。私は目を合わさないようにパソコンのモニターを必死で見つめてるけど、彼の視線が痛い。



どかっとバッグを置いてもなお、こちらを見たまま。今にも私の方へと向かって来るような雰囲気。



彼が一歩踏み出す。
慌てて受話器を取り上げた。



大急ぎで美波の内線番号を叩いて、呼び出しを待つ。早く出て、と祈りながら。



彼が隣りに立つ寸前、電話が繋がって美波の声。ほっとして受話器を握り締めて、顔を伏せる。



「おはよう、美波。今日はどうする?」



どうするとは、もちろん昼食のこと。



すぐ傍の頭上から橘さんが溜め息を吐くのが聴こえたけど、知らんぷりで美波との会話を続ける。



すると姫野さんが立ち上がり、彼に何か話しかけるのに気づいた。今日の段取りを説明しているのだろうか。



始業のチャイムが鳴り始める。



「じゃあ、また昼休みにね」



と言って、私は電話を切った。