「姫野君は安心して、プロジェクトの遂行に取り組んでほしい。橘君を最大限に利用して、最善の方向を目指してくれ」
阪井室長の言葉を聞いた姫野さんが、膝の上で拳を固く握った。会議テーブルの下だから、私にしか見えていないだろうけど。
「わかりました。彼の視点をプロジェクトに活かしていきたいと思います」
「姫野さん、よろしくお願いします」
彼がゆるりと頭を垂れた。
さっき見せた凛とした表情とは一変した、しおらしい態度。もしかすると、早くも姫野さんの性格を見抜いているのかもしれない。
「姫野君、単に情報の抽出だけでなく、橘君への指導もよろしく頼むよ」
「はい、わかりました」
と答えた姫野さんが、慌てた様子で胸のポケットへと手を伸ばす。携帯電話の着信を確認した姫野さんは、会議室を出て行く。
「僕もそろそろ定例会があるから失礼するよ、後は笠子君に任せるよ」
姫野さんを見送って、阪井室長が時計を見上げた。
気づいたら、彼も顔を上げている。
僅かに目を伏せて、口を尖らせて。何度か瞬きした後、彼の視線が私へと。
ぐっと肩に力が入って、身構えた。

