「だって、松浦さんが居たから」
と言って、彼はゆるりと目を細めた。
胸がぞわりと揺らいで、温かな風が巻き起こったような感覚。風が去ったあと、胸の奥に小さな灯が点ってる。
「何それ? 意味がわからないんですけど」
あり得ない感覚に気づいて、すぐに突き放した。
冷酒のグラスを勢いよく煽ると、通り過ぎていった喉が熱を持つ。だけど、胸の奥の熱っぽさとは明らかに違う。
「松浦さんとは、以前にも会ったことがあるんだ。正確に言うと見かけたことがある、と言った方がいいのかもしれないけどね」
橘さんらしくない穏やかで恥じらいを帯びた口調が、なんだか気持ち悪い。
いったい、何が言いたいんだろう。
以前に見かけたなんて言われても、私には全然覚えがない。見かけたということは、私が覚えてなくても当然。知らない間に見られてたなんて、ちょっと変な気分。
「いつのことですか?」
「五年、いや六年ぐらい前だったかな、港陽鉄道の鉄道フェスティバルの時、松浦さんを見たよ」
鉄道フェスティバルは毎年十月後半に、大手駅にある港陽鉄道の車庫で行われるお祭り。

