「橘さんも意外だと思うけどなあ……、あの時どうして間違えたんですか?」
声に出してみたら、思っていたより胸に重く圧し掛かってくるものを感じた。蒸し返すべきじゃなかったかもしれないけど、もう後戻りはできない。
彼の表情が、みるみる強張っていく。
目を泳がせて、小さく開けた口が言葉を探している。
「え、あの時って?」
「先週、初めて電車で会った時のこと。どうして間違えたのかな……って」
できるだけ穏やかに、抑揚のない口調を心掛けてみ。意地悪ではあるけれど、彼の感情を逆撫でするようなつもりはない。
「ああ、あの時か……」
彼が言葉を詰まらせる。きっと聞いてほしくなかったに違いない。
だけど冗談とはいえ、このネタを使って彼は私を押さえつけようとしていたのだ。
今こそ、形勢逆転。
「そう、あの時。正直びっくりしたんです」
「そんなに驚いた? 俺もびっくりしたんだよ」
恥ずかしそうに彼が笑う。
なんだか、潔さを感じさせる笑み。
引きつっていた顔が緩んで、緊張よりも恥じらいが濃く滲んでいく。

