「そう、わかったよ」
耳元で告げた橘さんの声は、聞き逃してしまいそうなほど小さくて低い。だけど確実に、私の胸を締め付ける力強さを持っていた。
「ごめんね、本当に申し訳ない」
ようやく美波が顔を上げた。
まだ笑いの余韻を引き摺りながら、私と橘さんに両手をを合わせて謝る。
今さら謝っても手遅れだよ。
私は内心穏やかじゃないどころか、絶望に近い気持ちなんだから。
願わくば、美波がこれ以上橘さんに余計なことを言わないでほしい。ここから早く去ってしまいたい。
もう二度と、橘さんの顔は見たくない。
見ることなんてできない。
美波に話してしまった後悔と不安が、延々と胸の中で渦巻いている。
「橘さん、ちょっといいですかあ?」
声の方へと振り向くと、新人君が手を振っている。数人のお客さんが取り囲んだ窓口から、身を乗り出して助けを求めるように。
橘さんは、新人君に手を振り返した。
「じゃあ、僕はこれで」
私たちににこやかに一礼して、窓口へと駆けていく。
背中を見送る私は、まだドキドキが収まらない。美波の笑いはすっかり収まっているというのに。

