茜口駅へ向かう電車の中、美波は率先して話してくれた。
これから目指す茜口駅にあるケーキ屋さんは、阿藤さんとの外回りで訪れたお店だと。近いうちに広報誌のおススメ記事で紹介する予定だから、一足先に行っておこうと。
あまりにも話し続けるものだから、本来の目的が何だったのかわからなくなってくる。
橘さんを見に行くのか、それともケーキ屋さんに行くことか。
どちらにしろ美波が、橘さんを見たいと言ったことを忘れてしまえばいいと思い始めていた。
茜口駅で電車を降りて、改札口へと向かう。
美波の足取りは意気揚々。ついて歩く私の足取りは、反対に重くて引きずるよう。
その間も美波とたわいない会話を交わしながら。とくに彼の名前は出てこないけれど、少しずつ胸の奥がぞわぞわとし始める。
本当に忘れていてほしい。
このままケーキ屋さんへ直行しよう。
「彼、いるかな?」
と言った美波の声は、僅かに語尾が上がっている。
やっぱり忘れてはいなかった。がっかりした気持ちが、溜め息とともに漏れてしまう。

