小さく息を吸い込んでテーブルに両肘をつき、そっと身を乗り出した。察した美波が同じように身を乗り出して、顔を近づけてくる。
目が合ったら頷いて、いつでもいいよと無言で告げた。
「美波、あのね……」
私は声を殺して、話して聞かせた。
通勤電車での一部始終を。
「何それ? ギャグ?」
すべて聴き終えた瞬間、美波が笑い出す。私も堪えきれずに、笑いが漏れてしまう。
「そう思うでしょ? その後、彼が事務所に居たから本当にビックリしたよ」
「それはキツいわ、よく笑わずにいられたよね?」
「堪えるのに必死だったんだから、顔見たらヤバくて」
「彼は? 橘さんは陽香里に見られたこと知ってるの?」
ようやく笑いが収まってきた頃、ぽつりと美波が問いかけた。
笑いの影に置き去りにしていたことが、少しずつ顔を覗かせてくる。駅を降りたコンビニで、真っ先に美波に話そうとした時のこと。美波の後ろで、怖い顔をして睨んでいた橘さん。
まさかと思いつつ、再び店内を見回した。
大丈夫、彼は居ない。

