「そうだね……、自分から言うもんじゃないね。それは私もわかるよ」
「でしょ? それよりさ、橘さんのことを男前だと思うってことは、陽香里の好みだってこと?」
ちょっと待って。
どうして、そんな風に思う?
「そうじゃなくて、どちらかというと男前だって言っただけでしょ?」
「言ったでしょ? 何にも思ってない人は眼中に入らないって」
美波はにやりと笑って、口角を上げる。まるで勝ち誇った風な顔。
「言ったけど、橘さんは……」
と、言いかけて思い出した。
橘さんと初めて出会った日の出来事を。
出勤時、通勤電車で見た橘さん。
開くドアとは反対側、開かない方のドアの前に立った女子高生らに、『退いて』と堂々と告げたこと。
私は、ゆっくりと店内を見回した。
相変わらず店内には、私たちと同世代と思われる多くの女性客がひしめいている。その中に僅かなカップルの姿が見られるけれど、完全に埋れてしまってる。
どこにも見知った顔はない。
いや、橘さんの姿はない。

