でも、帰るなら今しかないかもしれない。
「ありがとうございます、ではお先に失礼させていただきます」
心から感謝の気持ちを込めて、笠子主任に深く一礼。意識しなくとも声は弾んでしまう。
「お疲れ様」
軽やかな笠子主任の声も、私につられているのかもしれない。
さあ、帰るぞ。
顔を上げて、笠子主任に背を向ける。
事務所に戻ったら……と帰りの段取りを考えながら、意気揚々と一歩踏み出した。
「そうだ、松浦さんは……この後、何か予定はあるの?」
そんな私を引き留めたのは笠子主任。
いきなり首根っこを掴まれたみたいに、きゅっと足を止めた私を見る目は真剣そのもの。
急にどうしたんだろう?
思いつつも、
「いいえ、無いです」
と正直に答えた。
とくに何にも考えず、ありのままの答え。
だけど、答えてから少し不思議な気分。
どうして笠子主任が、そんなことを尋ねるんだろう。
さっき、姫野さんに誘われていたのを聴いていたから?
それとも、その前に内線電話で美波と話してたのを聴いていたから?

