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「お母さん、今日のおかず、うまく出来たでしょう」
「お手伝いさん、いつもありがとうね」
認知症の母は、私のことをいつしか“お手伝いさん”と呼ぶようになっていた。それは仕方が無いことだし、解決はしない。
だから私は、ずっと母が認知症になった時から“お手伝いさん”になっていた。
認知症になっても寝たきりになるわけではない。ちゃんと手足も動かせる。だけど私は毎日ごはんを母の口に運んだ。
母が大切だったし、どこかで私のことを“自分の子供”だと思い出してくれはしないかと、わずかな希望を持っていた。
しかし、私は一度もお手伝いさんから昇格することは無く、母は別の病気を発病、寝たきりとなってしまった。
悔しかった。
もっと母の行きたいところに連れて行けばよかった。もっと美味しい料理を作れるように努力しておけばよかった。もっともっと出世して、親孝行すればよかった……。
寝たきりなってからでは遅かった。
いつも母は焦点の合わない目を虚ろに動かし、私の顔と天井を交互に見ていた。
何か親孝行が出来ないか、そう思っているうちに母の病気はさらに重くなってしまった。



