唐沢さんの説明で憂いが晴れた私は、帰宅準備のため女子トイレに向かった。窓を閉めて帰ることが、新入行員である私の仕事。セキュリティーが厳しい銀行は、建物周り全てが警備会社と連動している。

上機嫌の私は足取りも軽く、窓を閉めようと手を伸ばす。その時、窓の外からボソボソと話し声が聞こえ、伸ばした手を止めた。

声の主は、どうやら金崎さんだ。


女子トイレの外は駐車場の奥で、お客さんどころか行員ですら行かないような場所だ。いつもの様に、皆の前で忙しいアピールをすれば良いのに。

まあ、私には関係ないことだ。
窓を閉めようと、もう一度手を伸ばす。

「そう・・・寺前酒販は間違いない・・・」
──は?
「だからもう少し・・・もう少し売り煽りして・・・そろそろ空売りも・・・お願いしますよ」
はい──っ!?
もしかして、もしかして?

ついさっき聞いた話しを、脳ミソの奥底からムリヤリ引っ張り出す。確か、「すでに決算内容を知っている人が、お金を稼ごうとして悪い噂を流す」だ。

もしかして、金崎さんが?

いや、まさか・・・
でも、金崎さんならやりかねない。
多分、やるだろう。
うん、間違いない。
いまや私の中で金崎さんの評価は、この程度でしかない。