* 


    お姫様が使うような、屋根のついた可愛らしいピンクのベッド。白いドレッサーや、大きなぬいぐるみやクッションが置かれた女の子らしい部屋。
   
    真ん中に置かれたベッドにゆっくり近付いていく。
    お人形のような可愛らしい顔をした少女が、深い眠りについていた。表情を見る限りでは、安らかに眠っているようにしか見えない。
    とても"獏"に取り憑かれているようには見えなかった。

「もう一週間もこのままなのです」

    後ろから声がして振り返る。悲しそうな表情を浮かべた玲子が立っていた。

    部屋に入ってきたメイドから紅茶を載せたお盆を受け取り、ベッドの傍にあるテーブルの上へと置いた。
   
    娘の眠るベッドへと近付き、腰掛けた。ふわふわとパーマがかった髪を優しく撫でる。
    その姿は、娘を案ずる母親以外の何者でもなかった。

「……すぐに準備します。浩史、久しぶりだが頼んだぞ」

「了解。腕に訛りはないから安心しろよ」

   直樹の言葉に頷き、背中に背負っていたリュックからパソコンを取り出し、テーブルの上へと置く。
    電源を入れると、ブゥン……と機械の鈍い音が聞こえた。

   肩に担いでいたトラベルバックを床に下ろし、直樹も準備を始めた。
  
    ヘルメットのようなものにたくさんのコードが繋がれた機械……「マインドリカバリー」を取り出す。コードの先には四角い本体が付いており、それをパソコンに繋いで使用する。
   ヘルメットは患者の分と、夢の中へ入る人数分だけ用意すればいい。
   今回は俺とカレンしか入らないので、二つしか用意していないが、作ろうと思えばいつでも作れる。

    「マインドリカバリー」の準備が整った。
    ふぅ、と一息つき、もう一度鞄の中を探る。まだ大事なものが入っているのだ。これが無くては、上手くいくものも上手くいかない。

    直樹が鞄から取り出したのは、レーザーガンだった。片手に収まるほどの小柄な物だが、威力は申し分ない。昔、ふらふらと立ち寄った武器屋で一目惚れして買った物だ。もう六年程愛用している。
    これよりも性能の良い銃はいくらでもあるのだが、直樹にとってはこれが一番使いやすかった。六年間使ってきた愛着もあるのかもしれない。
    右足にレッグホルスターを装着し、そこにレーザーガンをしまい込む。
    二年ぶりの感覚だった。なんだかとても重く感じる。腕が訛っていないといいのだが……。

    どうやら浩史も準備が整ったようだ。後は、患者である娘と直樹達がヘルメットを被れば準備万端である。
    眠り続ける少女の頭を少し持ち上げ、ヘルメットを被せる。

「よし。準備はいいか?    」

    直樹の言葉にカレンは深く頷く。

「浩史、頼む」

「よし!    きた!    」

    浩史の声を合図に二人はヘルメットを被った。

    目を閉じ、少女の眠るベッドへゆっくりと腰掛ける。精神をリラックスさせるため、深く息を吸い込み吐き出す。

「娘を……彩音をよろしくお願いします……!    」

    玲子の切実な想いがこもった声が耳に届いた。その声を最後に、直樹達の意識は一旦そこで途切れた。




    意識が再び戻り、ゆっくりと目を開く。
    何一つ自然の音がしない。無音の世界。
    静かな真っ白い世界に二人は佇んでいた。周りは白い壁に囲まれ、はるか向こうの地平線までずっと空間が続いている。
    白い壁には所々、小さな丸い窓がついていた。その窓の向こうには、こことは違う世界が広がっているようだ。
    ――そう、窓の向こう側の世界こそ"夢"だ。青々とした草原や、夜の街並み。関原家の屋敷も見えた。
    様々な景色が広がる窓もあれば、何も見えない、暗く深い闇が続いた窓もある。
    あれこそが悪夢だ。本来なら"獏"はあの窓の向こう側にしか現れないはずなのだが……。
   
    今直樹達が佇んでいる、この白い壁に囲まれた場所は、夢と心を繋ぐ通路みたいなものだった。この通路の何処かに心へと繋ぐ道があるはずであった。
    もっとも、心は簡単に行けるような場所には隠されてはいないが。

「久しぶりですねぇ!    懐かしいです!    この白い世界も」

    カレンはうーんと、伸びをする。肩を回し、準備運動をしている。

「……出来るなら、来たくはなかったけどな……」

    白い壁を見つめながら、ぼそりと呟く。
    明るく振舞っていたカレンは、直樹の心情を察したのだろう。ぼそりと呟いたその言葉で口ごもった。

    しばらくの沈黙。重い沈黙を破ったのはカレンだった。

「……もうっ!    いつまでしんみりしてるんですか!    うじうじしてても仕方ありません! 今こうしてる間も、彩音ちゃんは苦しんでいるんです!    "獏"の仕業かもしれないのに、こんなとこで油売ってる暇はありません!    Dream doctorの名が廃ります!!    」

    頬を膨らませ、怒ったような顔をして声を上げる。カレンが怒るなんて珍しかった。
   
    ―それだけ自分がうじうじしていたということか……

「……そうだな。いつまでもこんなこと言ってられねぇな!     さぁて、獏がいないか探しに行くか!    」

    気持ちを持ち上げるように明るい声で言った。
    そんな様子を見て、カレンはにっこり微笑んだ。子供のような屈託のない笑顔。
    ―この笑顔に、自分はどれだけ救われただろうか。

「さっ!    探索探索!!    行きますよーー!    」

    腕を高く上げ、張り切った様子で声を上げた。カレンは飛び跳ねるようにして白い通路を進み始める。
   
    直樹はふっ、と笑みを浮かべ、カレンの後を追いかけるように通路を進み始めた。