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    一時間くらい走っただろうか。いつの間にか深い森を抜け、周りをコンクリートに囲まれた都市が見えてきた。一度森を抜けると、緑など何処にも見当たらない。

    昔とは随分変わってしまったものだと、つくづく思う。直樹が幼い頃は、緑の多い美しい都市だった。それが、たったの数年でコンクリートだらけになってしまった。

    ―科学の発展のスピードはあまりに異常だった。誰かの思惑が潜んでいる……そう思えてしまうほどに。

    車の中は終始無言だった。たまに外を眺めているカレンと浩史が、面白い物を見つけては歓喜の声を上げるばかりだ。
    直樹と玲子は、ずっと窓の外を眺めそれぞれの想いに耽っていた。

    気付けば、スーパーやショッピングモールなどが立ち並ぶ商業区を抜け、住宅区へと入っていた。それも一般の住宅区ではない。許可された人物しか立ち入る事を許されていない、"上級住宅区"と呼ばれている区域だ。
    住んでいるのは皆、富裕層の上級貴族達だった。
    自分には全く関係のない場所だ。出来ることなら、こんなところ来たくはない。しかし、仕事を依頼されたのだから、仕方がないか。

「おぉ!    大きなお屋敷がいっぱい立ち並んでますねぇー!!    」

    目を輝かせながら外を眺めていたカレンが、嬉しそうに声を上げた。

「もうじきですわ。後少しで見えてまいります」

    そんなカレンを見て、玲子が微笑んだ。車の中に和やかな空気が流れる。

    ―やっぱり、こいつには敵わないな……

    直樹も思わず笑みを零した。

    走り始めてから、一時間半くらいであろうか。"上級住宅区"の中でも、一際大きな屋敷の前で車は停車した。

「皆様、到着致しました。こちらが関原邸でございます」

    車から降り、後部座席の扉を開きながら運転手が言った。言われるがまま車から降りる。

    外に出て眺めてみると、一段と大きく感じる。
    立派な装飾が施された、外観も美しい洋風な作りの屋敷だ。高さ3mはあるであろう大きな門の向こうには、手入れが行き届いた広い庭園が広がっており、屋敷の玄関へと続く通路には、草木のアーチが口を広げている。

    こんな街の中にも、人工的とはいえまだ草木があったことに直樹は驚いた。もうとっくに緑など消えてしまったのかと思っていたのだ。

「うわぁ!    綺麗なお屋敷です!    見てください、マスター!    ほら!    アーチがありますよ!    アーチが!    」

    草木のアーチを指さしながら、キャッキャっと騒ぐカレン。

「すっげぇ!    俺こんな屋敷初めて見たよ! 」

    同じようにテンションの上がる浩史。
    そんな二人を見て、直樹ははぁ、とため息をついた。

    ―今から"獏"とご対面かもしれないってのに、呑気なもんだなぁ……

「皆様、それではご案内しますわ」

    玲子は、少し慌てた様子で直樹達を促す。早く娘を見てもらいたいのだろう。その気持ちは分かる。
    玲子が近付くと、大きな門は主人を出迎えるかのようにゆっくりと、鈍い音を響かせながら開いていく。
    門が開くと、玲子は迷うことなく中へと入っていった。草木のアーチを潜り、奥へと進んでいく。直樹達も置いていかれないよう、足早に門の中へと入った。彼らが入ったのを分かったように、門はまた鈍い音を立てゆっくりと閉じた。

   玲子の背中を追いかけ、緑の幻想的なアーチを潜り抜けると、屋敷の玄関が見えてきた。
   玲子は扉の前に立ち、脇にあったインターホンに顔を近づけ、話しかけた。

「私よ。開けてちょうだい。大事なお客様もご一緒だからすぐにお茶のご用意を」

    インターホンから若い女の声がした後、すぐに玄関の扉が開いた。どうやら中から操作しないと、屋敷の主人である彼女でさえ、開けることは出来ないようになっているらしい。これもセキュリティを強化するための工夫なのだろう。

「さぁ、先生。どうぞ。娘の部屋へ案内させます」

    玄関の脇に立ち、直樹達を屋敷へと招き入れる。数人の若いメイド達が笑顔で出迎えてくれた。

「お疲れ様でした。お嬢様の部屋へとご案内いたします」

    礼儀正しいおしとやかなメイド達が挨拶をする。

「お邪魔しまーす!!    」

    おしとやかさからはかけ離れた、元気の良い声で挨拶を返し、いち早く屋敷へと入ったのは、カレンと浩史であった。

「……おいおい、失礼がないようにしろよー」

    後ろから声をかけるものの、恐らく二人の耳には届いていないだろう。屋敷へ着いてから、もう既に二回目となるため息をついた。
    呆れたように言いつつも、直樹の口元には笑みが浮かんでいた。
    なんだかんだ言いながら、こいつらに助けられている部分は大きい。二人がいなければ、今の自分はいないだろう。もしかしたら……死んでいたかもしれない。
    そんなことを思いながら、二人の後に続いて屋敷の中へと入る。

    その時―玲子の横を通り抜けるほんの一瞬、彼女のぼそりと呟く声が耳に入った。

「……昔と何も変わっていないわね……」

    思わず、後ろを振り返る。玲子は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「どうかなさいましたか?    」

    にこりと微笑む玲子。気のせいだろうか。今までとは違う、冷たい声で何かを言ったような気がしたのだが。

    ―……気のせいか

「いえ、なんでも」

    そう言い、出迎えたメイド達に今回の患者である、玲子の娘の部屋へと連れられていく。
    玄関を入ってすぐに二階へと続く階段があり、その階段を上がると長い廊下が続いている。左右にはいくつも扉が並んでおり、どれがどれだか全く分からない。
    知らない人間であれば間違いなく迷うであろうが、メイド達は慣れた様子で廊下を突き進んでいく。
    廊下の一番奥。ほかの扉と違う、可愛らしいピンクの扉がある。メイド達はそこで立ち止まり、直樹達に向かいこう言った。

「ここがお嬢様のお部屋で御座います。……お嬢様をよろしくお願いします」

    深々と頭を下げる。きっとここの娘はかなり可愛がられていたのだろう。メイド達からも真摯な想いが伝わってきた。

「任せてください!    私達が絶対救います! 」

「大丈夫!    こいつが絶対助けてくれるよ! 俺も頑張るからさ!    」

    カレンと浩史が励ますように言った。
    直樹も力強く頷き、扉へと近付く。ノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。