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    ――これがある限り、私達はずっと一緒。そうでしょ?    直樹――

    優しく、懐かしい声が頭の中に響く――
    ずっと一緒だと信じて疑わなかった。

    地下の研究室で支度を整え終えた直樹は、作業台の前で、中央に赤い石が埋め込まれた十字架のペンダントを手に持ち、見つめていた。
    悲しみや怒り、孤独などの様々な感情が渦巻き、胸を締め付ける。
    直樹はペンダントを強く握り締め、固く目を閉じ震える声で呟いた。

「お前は……一体何の為に……!    」

    ―守ってやれなかった。約束したのに。

    この二年間、自分の無力さをずっと恨んできた。しかし、恨んだところであいつが帰ってこないのも分かっていた。
    でも、それでも、自分許すことなんて到底できなかった。

    固く閉じた目を開き、深いため息をついた。
    握り締めたペンダントを自分の首に着け、シャツの下にそっとしまい込んだ。

    直樹は決意したように、作業台の上に置いた大きなトラベルバックを肩に担ぎ、地上への階段に向かい、上がっていく。
   
    階段を上がりきり扉を開けると、リビングにはもう既に支度を整えた、カレンと浩史が待っていた。
    玲子は直樹の姿を見た途端、待ちきれないといった様子でソファーから立ち上がった。

「お待たせしました。それでは、向かいましょうか。娘さんのところに」

「はい。今、外で待機させている運転手を呼びますわ」

    鞄から携帯を取り出し、発信する。すぐに電話越しに、しわがれた声の男が応答した。

「……もしもし?    私よ。話はついたわ、すぐに屋敷の前へ車を停めてちょうだい」

    はい。分かりました。という男の声がした後、玲子は電話を切った。

「……さすが社長さんですね!    私もあんな風に運転手を呼んでみたいです……!    」

    カレンが声のトーンを落とし、横からくだらない事を言っている。彼女の場合、冗談ではなく本気で言っているのだから付き合いきれない。

    ーどんだけ緊張感ないんだよ……

    さっきまで張り詰めていた気持ちが、一気に緩んだような気がした。こいつといると一生真面目な話はできないような気がする。

「……俺が運転手になってあげようか?    」

    親指を立て、ウィンクをする浩史。カレンはそんな彼を見て、

「おぉ!    本当ですか!    私はお嬢様で、浩史さんは下僕ということですね……!    」

「いやいや、カレンちゃん?    下僕じゃなくて運転手ね?    下僕になるなんて一言も言ってないからね?    」

「……お前らそろそろ行くぞ」

    二人のくだらないコントを冷ややかな視線で見ていた直樹は、玲子が扉を開け出て行くのに気が付き、相変わらずコントを続けるカレンの腕を掴み、半ば強引に外に連れ出した。浩史も後に続く。
    玄関の前には、鬱蒼とした森に囲まれたこの寂れた洋館には、不釣り合いなほど大きく立派なベンツが停車していた。

「さぁ、皆様。お乗り下さい」

    先程、玲子が電話で話していた運転手と思われる、スーツに身を包んだ中年の男が、ベンツの後部座席の扉を開き、乗車を促す。

「……おぉ……こんな立派な車作られて初めてです……!    」

「俺も生まれて初めてだわ……こんな車に乗る日が来ようとは……!    」

    二人の驚きに満ちたそんな言葉は無視し、運転手の言う通りに従って、後部座席に乗り込む。
    カレン、浩史、玲子と続き、運転手は扉を閉めた。
    運転手が乗り込み、エンジンをかける。
    四人を乗せたこの大きなベンツは、深い森の中をゆっくりと走り出した。