「奈々、今日は逃げるなよ」
彼がつぶやいた言葉。
以前、彼が寝ている間に逃げ出した。
一夜の関係だと思っていたのに…忘れな
れなかった人。
会いたくても会う勇気が持てず、募る思
いが自分を苦しめた。
今は、そばにいるのが辛い。
彼から感じる愛情…
なのに、不安でたまらない。
愛を囁いてくれないから…
ただ、好きだと言ってくれるだけで、こ
の思いは楽になるのに…
今、ここにいる愛しい人
そして、憎らしい人
いつも、余裕で大人の彼
こんなに好きでたまらないのに私だけが
振り回される。
今度、この部屋から消えたら彼は追いか
けてくれるだろうか⁈
彼のような素敵な人なら、たくさんの女
達が彼のそばに寄ってくるだろう。
そう、花火大会の会場で見たたくさんの
女性達の視線は彼を見ていた。
隣りに私がいてもおかまいなしに熱い視
線を送ってくる。
そんな女性達が彼の周りにはいるのだと
思い知る。
彼は、私のものだと言えないもどかしさ
…
どうすれば私だけの彼になるのだろうか
?
寝ている彼の顔を見つめ思いふける。
「…んっ〜」
いつから目覚めていたのか含み笑いの彼
がいた。
ベッドから出ようと背を向けると後ろか
ら手が回り体を抱きしめる。
私の肩に顎を乗せささやく彼。
「いてくれてよかった…」
その言葉で消えていく不安。
ここにいてよかった…
逃げ出さなくてよかった…と。
「だって、…拓海さんが…」
「俺がなに?」
「逃げるなって…言って離してくれなか
ったもの」
それは、半分、本当…半分、ウソ。
彼は気づくだろうか?
「……覚えているけど、不安だった」
えっ、拓海さんも不安だったの⁈
私だけじゃなかった…
初めて彼の気持ちが聞けて嬉しい。
「まさか、不安過ぎてずっと抱きして寝
てしまったなんて……笑える」
クスクスと聞こえる笑い声。
彼からの告白とも言える言葉に私の心臓
は高鳴っている。
好きだと言って欲しい。
抱きしめた腕が私の体から離れていく 。
「奈々ちゃん、シャワー浴びる?」
奈々ちゃん⁈
やっぱり、呼び捨てにはしてくれない。
後ろを振り向くとベッドから降りて部
屋から出て行こうとする彼がいる。
「私、後から浴びるから…」
『後から1人で浴びるつもり⁈』
彼の言葉が私の返事をさえぎる。
えっ、違うの⁇