西山くんが不機嫌な理由






「…………なんで、謝るの」

「え?なんでって……」



その言葉に、凪は首を捻り深く考え込む素振りを見せる。



桜餅はこちらに差し出されたまま行き場もなく、どこか空しげに見える。



凪が思考を巡らせている間に桜餅を受け取り、ゆっくり自身の口元に運ぶ。



ふわり、甘い香りが口内に充満する。


あまりの度が過ぎた甘味に一瞬顔を顰めるけれど、わざわざ凪が作ってくれたと言うのだから。



とりあえずもう一口、運んでみる。



「ねえ西山くん、私が前言った言葉を覚えてる?」

「…………」

「"彼女になりたいわけではない"って言ったんだ、私」



薄い桃色のそれを口に含ませる度に、絶えずに広まる甘い味、香り、舌触り。


甘いものは基本的に好みだけれど、何度食べてもこの桜餅の味に舌は慣れそうにない。



「そんでね、西山くんの反応を見て私は考えました。そりゃあもう脳みそフル回転で」



得意気に胸を張って話す凪の言葉に、口を挟むことなく静かに耳を傾ける。



桜餅に含まれているあんこ独特の甘みが、舌にじりじりと焼き付いて消えない。



「もう全部お見通しだと思うんだけど。実を言えば、一目惚れだったんだ」



うん、それは、なんとなく予想していたこと。



妙に納得しつつ、苦くて熱いお茶が飲みたいなと心の片隅で思う。



「はっきり言っちゃえば西山くんの顔がどストライクだったんだけどね。だって実際格好良いじゃんか」

「…………」

「もし今西山くんのどこが好きなのって聞かれたら、即答で顔です!って答えると思うんだ」

「…………」

「いやもう本当に西山くんには申し訳ない!顔で好き嫌い決めるなんざ信じらんねえよこのやろうって罵られる覚悟で言ってみました!」

「…………」

「と、いう理由で謝りました」



なるほど。へえ。ふーん、そうなんだ。



両手をソファに付けて今にも土下座をしそうな凪をやんわりと制しつつ、頭の中では冷静に相槌を打っていた。



凪は申し訳ないと言ったけれど、そんなこと俺にとってみればさほど関心を引かれないものでしかなくて。



別に、顔が好きだって言われたからって失礼でもないし、怒る理由も含まれていないと思う。



人それぞれ、好みの基準ってものが当たり前のように存在することは分かるし。