「形上の親から言わせてもらえば、本来なら健全なお付き合いを望みたいところなんだけど。ひとりの女としてなら、ぜひぜひ襲っちゃっても構わないわ」

「…………」

「凪はご覧の通り男に全く免疫がついてないから。そこんとこ、西山くんが時間を掛けてでもゆっくり慣れさせてあげてね~」



含み笑いを浮かべ、じりじりと詰め寄ってくる凪の母親と一定の距離を保ち続ける。



襲う襲わないの話を堂々と話すところから何か可笑しいが、この状況からして、俺の方が言葉攻めによって襲われつつある。



止まらないマシンガントークを左から右へと聞き流し、意識を逸らすことなくバウムクーヘンへと注ぐ。



時間を遡りつつ考えれば、たった10数分前の話。



駄菓子屋を通り過ぎる際に、足を止めてさえいなければ良かったのだ。



いやもっと巻き戻せば、担任が届け物なんて押し付けてきたのがいけなかった。




お陰で能天気な女に気持ちを好き勝手に掻き乱される始末。



そう、凪が俺の前に姿を現したことが、正常に回り続けた歯車のネジを緩めた。テンポを崩した。



「それにしても、西山翼って名前からして格好良さが滲み出ているわよね~。イケメンはどこもかしこも罪だらけで困るわね~」



独り言を呟きつつ、ひとり大きく頷いて納得している。



自分の名前にさほど魅力など感じたことはないけれど、頭の片隅に引っかかっていた疑問があった。



「…………なんで、」

「え?西山くんが女の子から絶大の人気を誇っていること?そりゃあ見れば分かるわよ~。熟練した女の鋭さをなめてかかったら痛い目見るわよ~」

「…………」

「うそうそ冗談」



無表情の中の冷やかな視線に気が付いたらしく、凪の母親はおどけたように舌を出して笑ってみせる。


いい歳にもなって若い女の取るような仕草はお世辞にも似合っているとは言えない。



「どうして名前知ってるの?そう聞きたかったんでしょう」



悪戯っ子の笑みから一変、やんわりとした口調で肯定を促す。



4つ目のバウムクーヘンに手を伸ばしつつ頷けば、満足げに口角を上げる。



「今から話すことは、凪には絶対に内緒よ?」



言いながら少し声を抑えて話出す。



それに出来るだけ耳を澄ませて意識を集中させていれば、やがて驚くような事実に目を見開いた。