凪が駆け足で追い着き、こちらと向かい合う形で立つ。
所々櫛で梳いた跡のない、跳ね上がった明るい栗色の髪。
羽織っているカーディガンの中は、よく見れば部屋着と言うよりはパジャマに近い。
少し走っただけなのに、呼吸は荒いし、何より頬が異常なくらいに紅潮している。
「あ、あの、ね……わ、たし、……おにい、さん、の、」
次第に砕けていく呂律に、凪の身体の異変を感じ取ったとき。
その次の瞬間、視界から凪が姿を消した。
否、その場になだれ込むようにして倒れ込んだ。
「…………凪」
名前を呼び掛けるも、咳が止まらない凪から返事はない。
しゃがみ込んで額に手を当てる。
分かり易いほどに、徐々に上昇していく体温に焦りを覚える。
意識が朦朧としてきた凪を前に、放って立ち去るわけにはいかない。
首と膝の後ろに腕を通し、バランスを崩さないようそうっと持ち上げる。
想像を遥かに超えた軽さに驚きつつ、そのまま今来た道を引き返し、凪の家のインターホンを続けて2回押す。
「はいはーい、凪?……あらっ」
出てきた凪の母らしき女が、俺を視界に入れると口元に手を当てて「あらあらあら」含み笑いで連呼する。
何だか非常に不愉快な気持ちになる。
「あらあらあらまあまあまあ、あなた凪の彼氏さん?なかなかのナイスイケメンじゃないの~。凪ったら意外とやるわねえ」
「…………凪、熱」
「あらあらやあねーもう、下がっていた熱がぶり返したのね。わざわざ学校まで休ませたのに、ポッキンアイスなんていつでも買えるのに~。妙な食い意地張ってるでしょうこの子。彼氏くんからも注意してやってちょうだい」
「…………」
口を挟む隙を全く相手に与えない、恐るべしマシンガントーク。
話の流れから予測するに、何故か初対面同士を恋人同士だと勘違いしているようだ。

