「あ。もう家着いちゃった」
「…………、」
言いながら女が足を止めた場所は、偶然にも俺が目的としていた所とまったく同じで。
再度手元のメモを見直すが、確かに間違いなくここで合っている。
風邪で欠席した女生徒は、目の前にいる女の姉なんだろう。
予想だにしていなかった状況に多少驚いたが、考えてみれば好都合だ。
「あのねお兄さん、私」
「…………ナギ、だっけ」
「うん。呉羽凪です。あの、」
「…………ちょっと、待って」
何か言いたげな顔の女……凪の言葉を遮る。
不思議そうに首を傾げて立ち止る凪に、鞄からノートを取り出して渡す。
受け取った凪が、やがて理解したように笑みを零す。
「そっか。お兄さんノート届けに来てくれたんだね!ありがとう、助かった!」
自分の姉に宛てたものを、大事そうに胸に抱く凪に疑問を覚える。
が。大して深く追求するほどのことでもないので、何も言わずに背を向けて歩き始める。
「あれっ、お兄さんもう帰っちゃうの?」
後ろから届いた名残惜しげな声に、無意識のうちに意識が惹かれて足を止めていた。
そんな自分の行動に吃驚する。
だって、もう用事は済ませた。俺がこの場にいつまでも居留まる必要などない。
早く家に帰って寝たい。
そう頭で考える分には良いが、足が地面に縫い付けられたかのように動かない。言うことを聞かない。
「待って待って!私聞きたいことがあるの!」

