西山くんは意味もなく口をパクパクしている私をちらりと一瞥した後、何も触れずに小難しそうな本を開いて読み始めた。



何かに集中し始めたら、西山くんの意識が他に向くことはなくなる。


私が何をしてようが、気にすることはないし好き勝手にさせてくれる。



だからいつもは遠慮なく堂々と西山くんの観察をしてるんだけれど、今日はしなかった。



ただただ、心の奥に焼付いた言葉を、頭の中で繰り返し反芻していた。







◆ ◆ ◆ ◆ ◆




昼休みの終了を告げるチャイムの音が、ふたりきりの教室に響き渡る。


本に夢中になっている西山くんに声を掛けた後、屋上へ向かって全速力で駆ける。



「おー呉羽ちゃん。結構早かったね。どうだっ、た」

「山城くんさまサマっ!」



屋上へと繋がっている扉の前で待っていた山城くんに勢い良く飛び付いた。


とにかく、一刻でも早く先程の出来事を報告したくてたまらなかった。



「山本くん本当すごいね!神様仏様たいやき様!」

「名前いい加減覚えようね。それで、一旦離れてほしいんだけど」

「おおっと。こりゃ失礼」



無意識の内に山城くんに抱き付いてしまうくらい、頭の中がパラダイスなのか私は。


ぬぅ、こりゃいかん。



謝罪の言葉を述べつつ、浮き足立つ心を落ち着かせて山城くんから一定の距離をとる。



屋上には一般生徒の出入りは禁止されているらしく、とりあえず山城くんの隣に並んで立ってみた。



「それで、何かいいことあったんだ?」

「え、聞いてくれるのかい」

「そのために今俺はここにいるんだけど」

「そ、そうか」

「何があったの?」

「あ、あのね!西山くんが私の作ったお弁当が好きだって、好きなんだって言ってくれたの!」

「うん。良かったね」

「へへ。嬉しかったな」



優しい眼差しで見つめられると、なんだか心が温ったまってくる。



先程までは動揺し過ぎた故に変顔しか出来てなかったのに、山城くんに会って話すと素直に嬉しいという感情が込み上げてきた。



本当に嬉しくて、嬉しすぎて涙まで出そうだと思っていたら。



(いや、涙が出そうはさすがに誇大表現だったかな。)



気が付いたときには、山城くんの指が私の頬をそうっとなぞっていた。